じきるの日

編集者。CRAZY STUDYとかWorkship MAGAZINEとか、諸々のメディアをやってる。舌死人。

観光地にも日常はある。仕事で愛想笑いするし、体臭が原因で嫁に避けられてる

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ボクは今日、これから箱根に行く。

観光地と駅伝で名高い、あの箱根だ。

 

もちろん、ボクが箱根に来た理由は観光だ。

友人がやってるゲストハウスの様子を見に行くという目的もあるが、基本的には観光。

適当に箱根湯本の街をプラプラし、ロープウェイに乗って黒卵を食べて、箱根小涌園ユネッサンでゆっくり温泉に浸かって日々の疲れを癒す予定だ。

いまから楽しみで仕方ない。

 

しかし、観光地ってそもそも何だろうか。

Wikipediaいわく、「保養、遊覧を目的とした旅行または旅行者に対して、歴史・文化・自然景観などの遊覧資産が適宜整備されており、交通機関や宿泊施設などで観光客の受け入れを行える地域」だそうだ。

小難しいこと言っててホントWikipediaは洒落臭いのだが、ざっくり言うと「遊び・交通・宿が揃ってる地域」だろうか。

 

だが、そこに住む人にとって、それは"観光地"なのだろうか。

交通は日常のインフラとしてただただ大事だし、遊ぶところや宿屋は、そこに住む人にとっては日々の生活費を稼ぐ大切な職所かもしれない。

 

観光地の人だって、ボクたちと同じ日常を送っている。

子供は毎日学校に行くし、先生に理不尽なことで怒られてる。

大人は仕事に行って愛想笑いするし、嫁には体臭が臭い旨で避けられてる。

楽しいこともあればやるせないこともあるし、日々粛々と、そして強かに生きている。

 

そんな彼らの"日常"に、ボクは"非日常"として足を踏み入れる。

毎日の生活をする人と、毎日生活を忘れる人。

そこには明確かつ対比的な区分がある。

それに意を唱える人はいないし、それによって経済は回っている。

 

しかしボクは根が遠慮しいなので、ふと観光地で現地の人の日常を見ると、なんだか申し訳なくなってしまう。

ボクが牛串焼き(800円)を頬張りながら観光地をプラプラと遊覧しているところでふと目に入る、スーパーの袋を持ったお母さんと、そのお母さんに駄々をこねてギャン泣きする子供。

ふだんならむしろ何とも思わないのだが、観光地だからこそ意識する、格差的で暴力的な日常。

 

思わず牛串焼き(800円)を、ふたりに分けてあげたい気持ちになる。

 

〜〜〜

 

まだ箱根に着く前からこんなこと考えてたせいで、若干ナイーブな気持ちになってきてしまった。

楽しいこと考えよう。

温泉に入ってたら間違って男湯に入ってきちゃった女の子(かわいい)と邂逅する妄想でもしよう。

 

 

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